地中海を巡る外交 -イタリアと北アフリカのいま
地中海は古代から文明の交差点であり、今日ではエネルギーと人の流れをめぐる緊張の舞台でもあります。イタリアはその最前線に位置する国として、北アフリカ諸国との関係を常に調整し続けてきました。近年は移民問題に加え、エネルギー供給の確保という新たな課題が重なり、メローニ政権の外交戦略における最重要テーマの一つとなっています。
背景:移民危機の記憶
2010年代、リビア内戦やシリア情勢の悪化により、数十万人規模の移民が地中海を渡ってヨーロッパを目指しました。その主要な玄関口となったのがイタリア南部のランペドゥーサ島です。当時の混乱は国内政治に大きな影響を与え、「移民対策」は今も選挙の争点として存在感を放っています。イタリアとリビア、チュニジアとの協力関係は、この経験を前提として築かれています。
最近の動き:エネルギーと治安の二重課題
ロシアによるウクライナ侵攻以降、ヨーロッパはエネルギー供給の多角化を急務としてきました。イタリアはアルジェリアやエジプトからの天然ガス輸入を拡大し、地中海を結ぶパイプラインの強化を進めています。特に2025年に入り、アメリカともLNG供給で協力を深める方針が打ち出され、イタリアは「エネルギーハブ」としての役割を強調しています。
一方で、不法移民の流入は依然として続いています。2024年の統計では、イタリア沿岸警備隊が救助した移民数は前年を上回り、チュニジア沿岸からのボートが急増しました。メローニ政権はチュニジア政府と資金支援や治安協力を強化する合意を結び、EUも共同で支援策を検討していますが、現場レベルでは対応が追いつかない状況が残っています。
EUとの関係:南欧の立場
イタリアの立場は、EU内でもしばしば他国と異なります。ドイツや北欧諸国は「人道的受け入れ」と「加盟国間の責任分担」を重視しますが、イタリアやギリシャのように前線に立つ国々は「負担の公平化」を訴え続けています。フランスとは一時的に国境封鎖をめぐって摩擦が生じるなど、移民政策はEU統合の試金石でもあります。
エネルギー分野では、イタリアが地中海経由のルートを確保することはEU全体にとってもプラスです。したがって、ブリュッセルでは「移民問題で譲歩を引き出すカード」としてエネルギー協力が語られることも少なくありません。
国内世論と政治的圧力
イタリア国内の世論は二分されています。一方には「治安悪化」や「社会サービスへの負担」を懸念する声が強く、他方では「労働力不足の解消に移民が不可欠」との現実的な視点があります。農業や介護分野では移民労働力がすでに欠かせない存在となっているため、完全な排除は非現実的です。メローニ政権は選挙公約との兼ね合いから強硬姿勢を維持しつつ、現実的な妥協策を模索している状況です。
展望:「南の窓」としての地中海
イタリアの外交にとって、北アフリカは単なる隣国ではなく、「南の窓」ともいえる存在です。エネルギー・労働力・治安の三要素が複雑に絡み合い、解決策は一朝一夕には見つかりません。しかし、もしイタリアがEUの中で調整役を果たし、北アフリカ諸国と持続的な協力関係を築ければ、それはヨーロッパ全体の安定にも直結します。
地中海の波が静まることはないでしょう。けれども、その波にどう舵を取るかが、今後のイタリア外交の成否を決めることになるのです。
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